旅の途中にちょっと一息つける峠の茶屋のようなWEBマガジン

DRIVE & LOVE

連載エッセイ 遊牧運転もラクじゃない!

5年の海外放浪生活を経験したルポライター近藤雄生によるドライブエッセイ。第4回 人はなぜ、夏の海辺を走ると「ウキウキ」するのか!?

 11月末に北海道をドライブした。
 道東の北見から、その北にある網走へ。網走で温泉に入ってその翌日、そのまわりをさらに走った。
 冬の北海道はやはりいい。
 ちょっと雪が降っただけでいまにもそこからクマが出てくるんじゃないかと妄想できる風景になる。雪が残る道を運転すると、「やべえ、滑るよ」などと言いながらも、なんだか気分が盛り上がる。
 冬ドライブの王道ここにあり、である。

 そんな優雅な3日間の北海道滞在を終えたあと、東京に1泊して仕事を済ませた。そしてその夜、渋谷での飲み会を途中で抜け出し、品川から終電の新幹線に乗って京都へ帰ろうとしたときのことである。

 新幹線に乗り込み、席に荷物を置こうとしたとき、あれっ!と思い、真っ青になった。肩から掛けていたはずのバッグがないのである。すぐにホームに戻ったが、どこにもない。車内には、何度見てもやはりない。やばい。どうすりゃいいんだ!?

 「最終列車、まもなく発車します。乗り遅れのないよう……」
 ピピピピー!! 乗るか、降りるか。
 究極の選択を直感に任せて判断し、車内に残った。ドアが閉まった。もう取りには戻れない。カバンにはすべてのものが入っている。取材ノートも、明後日〆切の原稿が入ったパソコンも……。
 斜め掛けにしていたカバンを途中でおろした記憶もない。とすれば、気付かぬうちにスられたのだろうか? どちらにしても、冬の厚着で着膨れしていたために、いつも掛けてるカバンを掛けてない不自然さに気付かなかったのだろう。とくにその日は朝からずっと体調が悪く、頭がぼーっとしていたことも関係していると思われる。

 北海道から戻った夜から風邪っぽかった。ドライブしていたとき、車内のあったかさにかまけて油断して、ちゃんと防寒しないまま網走での流氷見学にのぞみ、-16℃の空間に入って喜んだりしていた。平気なはずだったが、そういう積み重ねが結構身体に堪えていたのかもしれない。
 いずれにしても、カバンを見つけなければならない。こいつはほんとにまずいことになった。
 と、思ったとき、以前、同じような気持ちを経験していたことを思い出した。そうだ、5年前のあのときだ。そう、2007年12月、中央アジアのキルギスでのことである――。

 ぼくはそのころ、妻とともに1年ほどかけてユーラシア大陸を東から西へと旅していた。
 中国から国境を越えて入国したのがキルギスで、その首都ビシュケクに、ロシア語の学校に通いながら1ヶ月ほど滞在していた。
 キルギスの冬は極めて寒い。朝晩はマイナス20度近くまで下がるし、雪も降る。そんな寒さは初体験だった自分は、下はチノパンとジーンズを同時にはき、上はカットソー数枚、フリース、ダウン、コートを重ね着した。要するに、持っている服すべてを着た。
 そうしてなんとか寒さをしのぎ、ビシュケクの町にも慣れてきたある日。いつものように、「マルシュルトゥカ」と呼ばれる乗り合いバンに乗って町を移動していたときに事件は起きた。

 車内は着膨れした男女によって猛烈に混んでいた。
 これはスリに気をつけねばと、後ろポケットに入っていた財布を死守しようと1分おきぐらいに手を当てて確認していると、何度目かのとき、見事に財布がなくなっていたのである。
 「やられた!」
 すぐに周囲を見回した。だが誰だか全くわからない。ただ、車が停留所に着いたら一気に探すのは絶望的になる。いますぐ犯人を見つけなければならなかった。
 「財布、知らないか?」
 たどたどしいロシア語で聞いて回ると、みな、「知らないよ」と気の毒そうな視線をくれるだけだった。だが、近くに座っていた一人の女性が、明確に違う反応をした。

「あいつだよ」と、一人の男を指差したのだ。指の先にいたのは、ぼくも一番怪しいと思っていた男だった。その男に狙いを定めて詰め寄ったが、彼は一向に善人面を崩さず、「どこにもないのかい?」と親切そうに振舞ってくる。
停留所に着くと彼は降りようとし、同時にもう一人別の男が降りていった。その二人が仲間でありそのどちらかが持っている気がして、ぼくも一緒に降りることにした。先の男が盗って、その「もう一人」に渡したに違いないと。
 しかし、「もう一人」が降りてすばやく歩き去ったとき、先の男をほっておいてそちらを追いかけることはできなかった。全く関係ない人である可能性も否めなくて、その場合、いま目の前にいる実行犯らしき男すらも逃してしまうことになる……。目の前の男に賭け、彼の身体を調べさせてもらったが、彼は持ってなかった。であれば、彼がやったことを証明するものは何もなかった。

 一緒に警察に来てくれ、と言ってみたが来てくれるはずもない。ぼくらのブロークンなロシア語では細かな会話が成り立たず、彼が、「もういいだろう」と立ち去ろうとするのを止めるすべは全くなかった。
 何しろその少し前までぼくは、乗り合いバンを降りるときに“Stop, please!”と言うべきところ、“Great, please!”と叫んでしまうようなレベルだったのだ。男が立ち去るのを追いながら、必死の形相で、「最高です!」と言いかねなかった。

 ……そうして長年使ったぼくの財布は、冬のキルギスに消えていったのだった。あのときの途方に暮れた感覚を、ぼくは新幹線の中で、同じく途方にくれながら思い出していた。
 そしてカバンのことを考えながらも、頭が現実逃避をしているのか、さらに記憶が記憶を呼んだ。そういえば、こんなこともあったではないか。キルギスの冬の景色がますます鮮明に思い浮かんだ――。

 先のスリ事件の数週間前、中国からキルギスへと国境を越え、始めて入国した日のことである。2年半住んで慣れていた中国を離れ、言葉の通じないキルギスに入るため、ちょっとした心細さのようなものがあった。しかもすでに寒さが厳しく、その上、キルギスに入ってからの移動手段も決まってなく、国境を越えたはいいけれど、その先どうやって国の内部に入っていくのか何も見えてなかったのだ。

 ちょうどそんなとき、ぼくらの前に一人の男が現れた。アリというキルギス人だった。眼光の鋭い目と黒い髪。そしてボディはレスラーばり。そんな迫力のある若い男が、入国審査でたまたま近くにいただけのぼくらに話しかけてきて、こちらの状況を知ると、こう言うのである。
 「おれが一緒に乗せていってやるよ」
 なんでもアリは車のディーラーで、中国から車を輸入してウズベキスタンで売っているという。中国で新車を買ってそれを自分で運転して、キルギス、さらにその隣国のウズベキスタンへと運んでいる。いままさに仲間とともに中国製の新車5,6台を運んでいるところで、その「輸入車」に便乗してっていいよというのである。
 「2,3時間後に出発するから」
 そう言われ、アングラ臭漂うコンテナの中に連れて行かれた。だが、中にいたわけのわからない飲んだくれのおっさんたちとコンテナの中で過ごしていたら、みるみる内に時間がたって夜になった。ついに出発、となったのは、夜8時半。なんとそのコンテナで7時間もまったりしてしまったのだ。

 外はすでに真っ暗だった。しかも雪。
 目的地であるオシュというキルギス第二の都市は、ここからすごい悪路を10時間ほどだという。アリはレスリングの選手で5年前はなんと旧ソ連圏でのチャンピオンだったといい、「これから10時間ぐらいなんでもない」と豪快に笑う。
 車は、銀色の軽自動車。貧弱なボディでとても悪路を走れるような風貌ではないが、アリは豪快にアクセルを踏みこみ、闇夜の冬ドライブが始まった。
 街灯も何もほとんどなく、頼れるのはヘッドライトのみ。その上吹雪がものすごく、前は全然見えない。しかも道は「アクロ・オブ・ザ・イヤー」受賞確実なほどの悪路ぶり。車体はまるで揺れを吸収せず、座ってはいられないほど上下に揺れる。だがそれにもかかわらず、アリは無茶苦茶なスピードで飛ばすのである。猛烈に尻が痛い。そして眠い、寒い。この状態で10時間、と思うと気分までも真っ暗になる。

 「任せろ!大丈夫だ!」 
 とアリは言う。ほんとに大丈夫なんだろうか。そのほんの1か月前、チベットでも雪道で横転しかけて死ぬかと思ったことがあったけれど、今度こそ本当に危ないかもしれない……。でももうすべてをこの男に任せるしかなかった。
 しかしアリは驚くべき集中力と体力で、どんどん先へ進んでいった。
 途中ぼくらは気を失うように眠りについたが、アリはほとんど休むことなく運転し続けた。暗闇の悪路の雪道を、1度の休憩だけで夜中ひたすら走り続け、彼が寝たのは出発から10時間近く経った朝6時からの2時間のみ。レスリング旧ソ連圏チャンピオンの名に恥じない驚異の走りっぷりなのであった。

 朝8時。再び走りはじめ、もう10時間経ったのでそろそろかと思っていたら甘かった。着くどころか、最後にもう一つ山場が待っていた。それも雪山だ。
 その雪山で渋滞にはまっているとき、ちょっと外に出て、アリの車を外から見て驚いた。新車だったはずの車が、いまや全く別の姿になっていたのだ。雪、泥の汚れに加え、石による傷も無数についている。途中雪に押され負けたのかワイパーも微妙な状況になっていた。
 売り物のはずなのに、もう明らかに新車ではない。だが、アリには不安な様子は全く見えない。
 「大丈夫だ、これでも売れる。ま、中国製だからな。ガハハ」
 そう言いながら、渋滞を抜け、ようやくオシュの町へとたどり着いたのは、午後1時すぎ。結局17時間かかったのである。ぼくらは無事だった。

 「うちに泊まっていったらどうだ」
 アリはそう言ってくれて、オシュの隣町にある彼の家に一緒に向った。
 着くとそこには、優しそうな奥さんと可愛い娘さんが待っていて、突然やって来たぼくらも歓待してくれた。食事も寝床も、何から何までお世話になり、その上、翌日帰るときにはお土産をもらい、携帯電話のシムカードまで買ってくれるというおまけがついた。あんな過酷なドライブのあとに、こんな「ご褒美」が待っているとは思ってもいなかった。
 ただ、あるときアリは笑いながらこういった。
 「じつは、昨日、2人が寝てるとき、居眠りしちゃって。かなり危ないことが何度かあったんだ」
 やはりそうだったのか。アリが一瞬手元を狂わしていたら、ぼくらは真っ白の雪山の中に消えていたかもしれなかったのだ……。

 新幹線でカバンのことを考えながら、こんな冬のキルギスの思い出が蘇った。思えばキルギスの2つの経験も、今回のカバンの件も、みな冬のドライブが関係している(「ドライブ」の意味を少し広げる必要がありそうだが)。
 そう考えると、不思議な考えが浮かんできた。待てよ、キルギスでの出来事は両方とも最後は好転したではないか……。

 アリの方はすでに書いた通りである。一方、スリの方は、財布が戻ってきたわけではないけれど、その後警察に届けに行ったら、なんだか笑える展開になったのである。
 旧ソ連の警察というイメージにびびっていたら、しまらない薄笑いを浮かべた警官数人に面白半分にいろいろ聞かれた挙げ句、「ごめん、いまハンコがないから盗難届が作れない」などと言われて呆れ、そうかと思ったら別の警察官が「なぜあんたたちは、二人とも31歳にもなるのに子どもがいないんだ、何か身体に問題があるのか?」とすごい聞き方で質問を投げてくる。そしてその上司のような人物がこう言って締めくくった。
 「子どもは早い方がいい」

 全くわけがわからなかったが、やたらと心が和んだことは確かだった。そして、こんな会話が、しどろもどろながらもロシア語でできてしまったことがなんだか妙にうれしくなり、財布がなくなったことは、だんだんと「まあ、もういいか」と思えるようになっていたのだ。

 どちらの経験も、間違いなく自分をタフにした。たくましくした。
 そして、だから思ったのだ。冬のドライブから始まった今回のカバンの件も、何かタフでナイスな出口があるはずだ、と……。
 カバン自体は、いろいろ考えた挙げ句、夜の飲み会の場に忘れていたことが判明して、なんとか翌日、手元に戻ってくる手筈がついた。
 しかしもう一つ問題が残っていた。明後日締切の仕事が、パソコンがないため明日できず、このままでは間に合わなくなる……。
 それならばこの経験をなんとかプラスに生かすしかない。そう思い、新幹線の中で考えに考えた。そして突然ひらめいた。そうだ、このカバン事件を原稿のネタとして盛り込んでしまえばいいのだと!

 キルギスでの「冬ドライブ」は、ピンチがいつも好転した。
 だから今回も、カバンがなくなり苦境に陥ったが、逆にそのおかげで、書きあぐねていた原稿が出来上がった、そうなればいいのだと。そしてまさにそうなった。カバンからキルギスを思い出したことによって、すべてがつながったのだ。
 もうお分かりかと思うが、締切の迫った仕事とは、まさにこの原稿なのだ。
 おれもタフになったものだと、そのとき思い、鼻の穴を膨らませてほくそ笑んだ。それも冬ドライブのおかげだろう……。
 そしてふと、こんな一句が思い浮かんだ。
 <すべっても ただでは起きない 冬ドライブ>


 しかし、後日。ここまで原稿を書き終えてからのこと。
 「なかなかうまくまとまったよ」と妻に自画自賛していると、気になっていたことをズバリ言われた。
 「その展開、めっちゃ強引やな……。財布盗られた話って、どこがドライブと関係あんの?」
 それは……、車内で起こったことだから、「ドライブ」を広く解釈すればその範疇に入るかと……。入らないでしょうか。はい、入らないかもしれません。
 そして妻のその言葉を聞いた後、自分の中で最初からかすかに聞こえていたこんな声が大きく響きだした。
 「わけわからない理屈を構築する前に、まずはやるべきことをちゃんとやれ。車内は薄着でも外出るときはちゃんと着るべし。混んだ車内で財布を後ろポケットに入れるのはやめるべし」
 そう、ただそれだけのことのような気もするのである。
 やるべきことをきちんとやる。それが冬ドライブを楽しむコツなのかもしれません。
 というまとめも強引でしょうか……。

 もうひとこと言えば、「もしイヤなこと、ツラい目に遭ってもクヨクヨせず、サッと次の〝いいこと〟を考える」
 さらに言えば、「災難は、忘れた頃(冬ドライブの最中ではなく次の日)にやって来る」
 ……昔の人はやはりいいこと言っている。

 いずれにしても、気を楽にして、でも気を引き締めて、今年も冬ドライブに出かけましょう!

プロフィール:ライター 近藤 雄生(こんどうゆうき) 1976年、東京都生まれ。学4年生の時に旅したインド、バングラデシュでの経験を機にルポライターを志し、2003年6月、妻とともにオーストラリア・シドニーへと旅立つ。その後、世界各地で取材・執筆活動をしながら、5年の海外放浪生活を経て、2008年10月に帰国。現在、京都に在住しながら、紀行文やノンフィクションを中心に執筆する。著書に『中国でお尻を手術。』 『遊牧夫婦』(以上、ミシマ社)、『旅に出よう』(岩波ジュニア新書)。著書:『中国でお尻を手術。』 『遊牧夫婦』(以上、ミシマ社)『旅に出よう』(岩波ジュニア新書)

「遊牧夫婦」

BackNumber

ドラブっくchaya

2012年 第7号
冬こそホットな淡路島!

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