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ドラブっくchaya

第11号 運転上手と言わせたい

  • 第11号(2013年8月発行)
  • 運転上手と言わせたい
  • 運転「上手い人」と「そうでない人」の分かれ道チェック!
  • 運転が上手いということ
  • ペーパードライバーからの<br />脱出、なるか?
  • いろんな乗り物の「運転」を取材して
  • 女子会大放談「しょっぱいドライバー撲滅宣言」
  • 潜入!高速道路のヒミツ
  • 遊牧運転もラクじゃない
  • プロジェクトメンバーレポート
  • Chayaだより
  • Chaya川柳 Chaya川柳募集中!今回のお題は「夏バテ」
  • BACK NUMBER 過去のChayaはこちら
  • 次回は9月20日更新 Chaya川柳優秀作品を発表お楽しみに!
  • 編集趣意

いろんな乗り物の「運転」を取材して 文/下野 康史

コマツの重ダンプは全長10.6m×全幅5.9m×全高5.1m。総2階の1戸建てを30,500ccのエンジンで動かすようなもの。タイヤの直径は2.9mにも!?

 ぼくがクルマの免許をとったのは1974年である。つまり、もう40年近く運転している。仕事もずっと自動車のライターだから、クルマにはいやってほど乗ってきた。
 でも、逆に言うと、クルマしか運転したことがない。クルマ以外の乗り物の"運転"はどうなっているのだろうかと興味が沸いて、さまざまな乗り物とその運転者を取材して回ったことがある。新幹線やSLや地下鉄や路面電車やモノレールの運転士、水陸両用バスや100トンダンプのドライバー、ジャンボ機やセスナやグライダーやヘリコプターや熱気球のパイロット、自衛隊の潜水艦乗り、保津川下りの船頭、中東原油を運ぶ巨大タンカーやジェットフォイル(水中翼船)やホバークラフトや水上バスやタグボートやヨットや"しんかい5000"の船長、などなど。話を聞くだけじゃなく、可能な限り同乗して、その運転ぶりを見せてもらった。
 この取材は自動車専門誌の連載のためだったので、クルマの運転と比較してどうなのかという視点でいつも話を聞いた。
 夜の運転は苦手、なんていうドライバーがいるが、じゃあ、いつも真っ暗の中ばかり走っている地下鉄の運転士って、いったいどういう人なのだろう。
 小さいほうがラクだといって軽自動車を選ぶ人は多い。たしかに小さいクルマほどボディの幅や長さの感覚は掴みやすい。じゃあ、幅6m、長さ11m、高さ5mもある100トンダンプのドライバーは、車両感覚をどのように身につけるのだろう。

海上自衛隊のさちしお(右側)にも乗船した。潜水艦は船と違って「何もしないと沈む」ものなので、常に浮力をコントロールせねばならないのだ

 潜水艦を操縦するのは操舵手である。水の中は空中と一緒で三次元の世界だから、「潜舵」と「横舵」という2種類の舵をふたりの操舵手で分担する。つまりハンドルを握る人がふたりいる。その運転席を見て、驚いた。窓がないのである。海のなかを秘密裏に潜航してゆくのが仕事なのだから、光が漏れる窓がないのは考えてみればあたりまえだ。深い海の中はそもそも真の闇だから、窓があったって意味がないのだが、鉄の壁に向き合って、ただハンドルだけを切る気分やいかばかりか、クルマしか運転できない者にとっては想像を絶するものがあった。

「運転難度F」の乗り物を考えた

飛び立って着陸するまで、ローターは常に毎分380回転をキープ。最難関はホバリング。名人はぴたっと止まるが、初心者は止まらずフラフラ暴れるという

 取材した乗り物のなかでも、運転がいちばん難しそうだなと感じたのは、ヘリコプターである。料理に使うボウルの中にパチンコ玉を転がす。グルグルっと回って、最後にはいちばん底のところに止まる。これが翼の付いた飛行機の操縦だとすると、ひっくり返したボウルの頂点にパチンコ玉を載せるのがヘリコプターの操縦だと説明された。それくらい安定させるのが難しい乗り物ということだ。
 なんの乗り物でもそうだが、運転には「機械的運転」と「社会的運転」があると思う。前者は機械の操作技術としての運転。後者はその乗り物同士が同じ空間を円滑に進むために、ルールやマナーを守ったりする技術である。ヘリコプターはこのうち機械的運転技術がとびきり難しい乗り物なのである。
 話を聞かせてくれたのは、フライトスクールの校長教官である。そのベテランヘリパイロットは、しかも墜落事故の経験者だった。高度300mでのホバリング(空中停止)中に、テールローターというお尻にある回転翼のシャフトが折れて、落っこちた。でも、そのときのことはよく覚えていない。長期入院を要する大けがを負っただけでなく、逆行性健忘症(記憶喪失)になったからだ。といったような生々しい経験談を聞いてから、体験搭乗をさせてもらった。
 取材なので、特別に副操縦席に乗せてもらい、スクールから30分ほど飛んで、新宿のど真ん中まで行った。高度600m、都庁ビルを見下ろす位置で見事なホバリングを見せてくれた。両手両足を微妙にコントロールしながら、まさにボウルの頂上でパチンコ玉を静止させた状態である。しかし、フトさっき聞いた話を思い出すと、背筋が寒くなった。取材チームと合わせて、機内には4人が乗っていた。だが、ヘリコプターを操縦できるのは機長ただひとりである。もしいま何か起きたら、なんとしよう。取材班全員が雁首そろえて持っているクルマの運転免許なんか、なんの役にも立たないのである。けれども、正直、ワタシゃ地面でいいです、クルマでいいです。クルマの運転なんざ、難しくないぞと思った瞬間だった。

「運転超絶ヘタ」だった人の意外な職業

 その数8100万人、と聞いてもピンとこないが、日本人男性の7割、女性の5割が持っているのが自動車の普通免許である。間違いなく、日本でいちばん多くの人がとる"免許"だろう。
 それだけたくさんの人が免許をとって、クルマに乗る。そんな乗り物の運転がそんなに難しいはずはない、という推論が成り立つわけだが、それでも運転がヘタだと悩む人がいて、運転がうまくなりたいと願う人がいるのだから、日本人はホントにまじめである。
 今までぼくが見た最も運転のヘタなドライバーといえば、ドイツのADAC(アー・デー・アー・ツェー)の若い女性広報スタッフである。ADACというのは、ドイツのJAFだ。ドイツ自動車連盟。ならばむしろ運転がうまい人が働いていてもよさそうなものだったが、MTのVWマイクロバスを操る彼女のドライビングは痛快なほどヘタクソだった。とにかくマニュアルミッションがうまく扱えない。どうやらサードギアでスタートしているらしく、発進のとき、変速機がイヤイヤをして、ドッカンドッカンというドン突きが出る。そのたびに、乗ってるぼくらは衝撃で吉本新喜劇の全員ズッコケ状態みたいになるわけだが、感心したのは、その際も彼女がまったく悪びれないことだった。「ドッカンドッカンきてますけど、なにか問題でも?」という感じ。ソーリーのひとことでもない。でも、それがかえって潔く、まじめに見えた。その後の彼女がどういうドライバーになったかは不明だが、あの押しの強さは、むしろ運転にプラスかもしれないと思えたのだった。

クルマは数少ない「運転を楽しめる」乗り物だ

 外国の事情はともかくとして、日本の路上、とくに混雑した交通環境でのうまい運転とは、どんな運転だろう。助手席やリアシートで他人のドライビングを見ていて、この人、うまいなあと感じるのは、なんといっても"なめらかな運転"である。発進でも加速でも、減速でも停止でも、あるいはカーブでも、余計なGが発生しない。同乗していて、「あっ、この人、運転してたのか!」なんていうのが理想である。
 そんなスムーズドライビングをするには、必要な操作をいつも前め前めに、早め早めにすることだと思う。止まるのがわかっていたら、少し早めに減速を始める。よけなければならない障害物があれば、早めによけておく。そのためにはまず「よく見る」ことだと思う。スムーズドライバーは間違いなく、よく見ることに長けたドライバーである。前も横もドアミラーもバックミラーも見る。いろんなところに目を配りながら、結果として全体をよく見る。一点だけ凝視していたら、ほか99点で起きている異変に気づくのが遅れる。遅れるから、操作を急にやらざるを得なくなる。
 自分のことは棚に上げて、エラソーに書いてみたわけだが、要は"場数"である。乗れば乗るほど、運転はうまくなる。とくに社会的運転技術は路上での経験の積み重ねそのものである。ヘタでも運転を嫌いにならず、運転を楽しむ。そうやって場数をこなしてゆくのが、なにより運転上達のクスリだと思う。

自分を動かすエネルギー(蒸気)を自ら生産しながら走るSL。機関士になるには蒸気機関車の甲種動力車操縦者免許と、2級のボイラー免許が必要だ

 いろんな乗り物の運転について取材していたとき、その運転者に必ず質問をした。「この運転、楽しいですか?」
 意外なことに、素直に楽しいと即答した人はほとんどいなかった。とくにジャンボ機のパイロットとか、電車やバスの運転士といった公共交通機関の乗り物に携わる人はそうである。たしかに、その責任の重さを考えると、公共交通機関の運転者にやたらおもしろがられても困る。今日は気分がアゲアゲだから急上昇でいこう、なんていう機長はいやである。

全長333m×幅60mの大型船、出光のスーパーゼアス丸。ペルシャ湾往復40日の間に、何百とあるすべての機器を自分たちでメンテしながら航海する

 「楽しいですか?」と聞いたとき、中東原油を運んでくる巨大オイルタンカーの船長には、ほとんど叱られた。マラッカ海峡では海賊の襲来に恐怖しながら、往復40日かけて、25万トンの原油を運んでくる。日本経済を陰で支える輸送船の操船を楽しいとか楽しくないとか、好きとか嫌いとかいうレベルで捉えられると、甚だ迷惑である、というわけだ。お説ごもっともというほかない。
 しかし、クルマはクルマである。クルマは楽しめる乗り物だ。そして、運転を楽しむこと、運転を好きになることがスムーズドライバーへの近道だ。「好きこそものの上手なれ」である。

プロフィール 文 下野康史(かばた・やすし)自動車ライター。1955年生まれ。雑誌『CG』『NAVI』の編集部員を経て、88年からフリーに。『21世紀自動車大事典』(二玄社)、『イッキ乗り』(二玄社)、『図説・絶版自動車』(講談社)など著書多数。だが、趣味は自転車で、近著は『ロードバイク熱中生活』(ダイヤモンド社)。マイカーよりマイバイシクルのほうが走行距離も多い。東京生まれだが、難読苗字のルーツは京都の丹後半島。高度なテクニックと専門知識を備えつつも、クルマ好き以外の人をも楽しませる愛に溢れた読み手フレンドリーな原稿は、四半世紀を経ても不変。ドラブっくChayaには、第8号から今号まで4回連続で寄稿。
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