旅の途中にちょっと一息つける峠の茶屋のようなWEBマガジン

DRIVE & LOVE

2012 第4号 連載エッセイ 遊牧運転もラクじゃない!

  1. 1.ジャック・マイヨールの「世界で一番美しい海」とは?

     沖縄ときいてぼくが思い出すのは、長い間、ジャック・マイヨールだった。
     リュック・ベッソンの名作映画『グラン・ブルー』のモデルとなった伝説のフランス人ダイバーだ。素潜りで100m潜る男、イルカとともに生きる男。ダイビングファン、イルカファンには神のような存在であった。ぼく自身はダイビングファンでもイルカファンでもなかったが、『グラン・ブルー』が好きだったため、ジャック・マイヨールという名前は格別の響きがあった。
     そのジャックに、自分がまだ学生だったころ、東京で会う機会があった。それは、ドキュメンタリー映画『ガイアシンフォニー』関連の講演会で、"レジェンドサーファー"ジェリー・ロペスなど、まさに伝説級のビッグネイムが3、4人そろって講演するという、人によっては垂涎もののイベントだった。ぼくは他の人は知らなかったけれど、ただそこにジャック・マイヨールも来るということで、惹かれて行ったのだ。
     1927年生まれの彼は、当時すでにそれなりのおじいさんだった。伝説のイメージとは少々異なる陽気さで、ギャグなどをふんだんにかましながら、壇上で海についてイルカについて話す様子が印象的だった。そして、日本人としては、彼の次の言葉に最高の気分にさせられて帰ったものである。
    「世界のあらゆる場所の海という海に行ったけれど、沖縄の海は、その中でももっとも美しい海だと思う」
     世界の海を知り尽くす彼がこういったのだ。もちろん、日本人向けのリップサービスかもしれない。フィジーで講演をしたら「フィジーの海が世界一だ!」と言ってはばからない男かもしれない。それでも、彼は日本には個人的なつながりもあるようだったし、おそらくほんとなのだろうと思わせるだけの説得力があった。
     だからそれ以来ぼくは、沖縄といえば、「ジャック・マイヨールが世界一だという海がある場所」というイメージをずっと持っている。

  2. 2.真冬に、沖縄の海辺を走って考えた

     沖縄に行ったことは一度しかない。それは2005年初頭、妻との長旅の途中に日本に1か月ほど帰国したあと、再び日本を出発する前のことだった。ぼくらは沖縄経由で台湾、中国へと渡ろうとしていて、この機会に沖縄も少し回ってみることにしたのである。
     那覇に着くとすぐにレンタカーを借りた。ジャックの言葉が染み込んでいたぼくらは、どんな海が待っているのかと期待を膨らませて走り出した。
     那覇を出発して、まずは旧海軍司令部壕を見て沖縄戦の生々しさを体感した後、北上し、沖縄国際大学の米軍ヘリの墜落現場を目に焼き付けた(事故は2004年8月のことで、このときはまだ半年前のことでしかなかった)。そしてさらに北上し、海中道路を通って浜比嘉島、宮城島、伊計島と走ったのだ。
     海の水はさすがにそれなりに青くきれいではあった。しかし、期待していたものとは何かが違っていた。うわあ、きれいだなあ……という気持ちにはどうもならないのだ。寒くて泳げないからといってしまえばそれまでだけれど、なんというか、ドライブ自体も盛り上がらないのである。
     1月半ばのことだったから、浮かれ泳いでるカップルがいるはずもなければ、ナンパ狙いの男女もいない。当然のごとく、家族連れもいないし、海の家もない。
     そして、そういう静かな雰囲気の中で海ドライブをしてみて、改めて気づかされたのだ――やはり、ギラギラと太陽が照りつけ、「あちーな、おい」と言いながら窓から右腕を出しつつ運転し、弛緩しまくった男女がだらだらと歩道を歩くのを眺め、半ケツに近いほど水着を下げてサーフボードを抱えて歩く色の黒すぎる男の横を「あいつ、クロいなあ……」と冷やかしながら、びゅーと飛ばすから、楽しいのだ、と。つまりそういう、海周辺のさまざまな「アイテム」たちが、海ドライブを盛り上げるのである、と。

     海のきれいさで言えば、宮古島の前浜ビーチなどは、さすがに「東洋一の白い砂浜」と名高いだけあって、ビーチもいいし、海の青さも抜群だった。1月にしてこの色であれば、いわんや夏をや、といったグレードの高さだ。
     ただぼくらは、そういった海の美しさには、自慢するようで恐縮だが、すでにかなり慣れていた。ぼくらはこの前々年にオーストラリアの海辺で半年以上生活して、極上の海は何度も見ていた。白い砂浜ということで言っても、オーストラリア南西部のエスぺランスの海は本当にヤバイ。砂の白さ、水の青さはもちろん半端ない上に、砂浜に野生のカンガルーがいたり、泳いでいるといきなりイルカがすーっと横を通ったりするのである。
     東南アジアでも、東ティモールのほとんど手つかずの自然のままの美しい海を存分に楽しんだ経験もあった。2004年に独立2周年を迎えたばかりの東ティモールは、当時まだ交通ルールも、免許制度もなく、信号すら国に一つもなくて、誰が何に乗ってもいいという世界だった。そこでぼくらは、バイクを練習して乗れるようになり、自由に走り回った。ほとんど車もいない中、海沿いにひたすら走っていると、果てしない海につい引き込まれ、バイクを止めて、シュノーケルを取り出して海へと駆けた。潜ると、サンゴ礁が広がり、ウミガメがいて、深海魚に囲まれる。ふと顔を上げて遠くを見ると、近くでは地元の漁師が銛を片手にジュゴン漁に必死になり、沖合にはクジラの潮吹きのようなものが見えるのだ。

  3. 3.「ウキウキ」の正体は海の美しさというよりも…

     沖縄の海が確かにきれいだったのにそれほど心を動かされなかったのは、そんな海を各所で贅沢に堪能していた翌年だっただけに、ちょっとやそっとの海では驚かないよ、という気持ちになっていたこともあったのだ。
     ただ、こうして考えてみると、海そのものの魅力を本当に盛り上げるのは、もはや水の青さや透明度ではなく(それは最低限必要なもの)、そこにどんな生物がいるか、どんな出会いがあるかなのではないか、という気がしてくる。
     青くて透明な海は世界中にいくらでもある。その中で、あのジャック・マイヨールにとって、沖縄の何が世界一だったのだろうかと考えると、それは、おそらく海の生物との出会いだったのではないかと考えられる。彼にとって、自然とのものすごい出会いが沖縄であったからなのではないかと想像できるのだ。

     では、車ごと海に入ってイルカなどを探すわけにも行かないドライブの場合、どうすれば、海での海洋生物との出会いに匹敵する極上な海体験ができるのだろうか。
     実際、湾岸道路的なところを走っていても、案外ずっと海が見えているわけでもない。ファミレスが並ぶザ・国道沿いという風景が続いたり、住宅街に入っちゃったりと、なんやかんやで海が見えなくなるものだ。だから、車からモロに「うおお、海だぜえ」という気分を盛り上げるためには、海そのもの以外の要素が重要になる。
     おそらくそれが、周辺のガチャガチャした雰囲気なのではないか。
     海中でサンゴ礁やウミガメに出会うことで海の魅力が格段に増すように、海ドライブが魅力的になるのは、ドライブ中での出会いが必要となるのだろう。それが、夏の海の風物詩ともいえる、真っ黒すぎるチャラ男くんとチャラ子さんたちなのではないだろうか。
     海でそういう輩と出会うとつい、「なんだ、このやんちゃな若者たちは……」などと思ってしまいがちだが、実はそういう人たちがダラダラしてくれるおかげで、夏の海が夏の海となり、盛り上がるのである。肌が黒いギンギンな人々こそ、海ドライブ中にもっとも出会うべきありがたい存在なのだ。

     反論がガンガンきそうなそんな独断から考えたとき、ジャック・マイヨールに世界一と言わしめた沖縄の海は、果たして海ドライブにも最適な場所なのだろうか。
     自分は夏の、クロい人たちがもっとも跋扈する時期に沖縄に行ったことがないのでなんとも言えない。しかし、ただなんとなく、海と海ドライブが両方とも世界一となる、というのはない気がする。双方は両立しえないように思うのだ。
     海洋哺乳類が多数いる豊かな海は、直立歩行の派手なクロい哺乳類たちとは縁が薄そうなイメージがある。一方、ギンギンなクロい哺乳類が多すぎるところは、さわやかな海洋哺乳類は寄り付かないのではないだろうか……。
     と、沖縄の海ドライブに関して、余計な心配をしたくなるのである。

  4. 4.「ジャックの海」より「出会い満載の海」

     沖縄へ行ってから3年がたった2008年春のこと。ぼくらは中国からヨーロッパへユーラシア横断中で、いよいよヨーロッパとなるギリシャまで来ていた。
     そこでぼくらは、こんなことを知る。
     「アモルゴスっていう島で、『グラン・ブルー』が撮影されたらしい」
     ジャック・マイヨールのあの映画の世界が、エーゲ海に浮かぶギリシャのアモルゴス島で生み出されたというのだ。ジャック自身はフランス人だから、さすがに話はフランスの設定だったとは思うのだが、監督のリュック・ベッソンが撮影の地として選んだのは、エーゲ海に浮かぶこの島だったのだ。
     それを知ってぼくらはもちろん、その島に向かった。アテネから船に乗って、1,2日行くと、アモルゴスに着いた。
     水色の空と、空よりも深く濃い青をたたえた海、そして真っ白な建物。ギリシャの国旗と同じさわやかな統一感のある風景に満ちている。島に人は少なく、それ以上に猫がいる。
     そんなこのアモルゴス島で、ぼくらはまたレンタカーを借りて、島を走った。島の高低は激しくて、島の逆側まで行こうとすると、まずは島の中央に向かって険しく登らなければならない。小さな島なのに山道風なくねくねの道。中央までたどり着き、何やら町らしきものが見えてくると、今度は逆側に向かって急激な下りとなる。そしてしばらく下がると、ばっと視界が広がり海が見えてくる。
     深く青い、包み込むような色合いの海が、延々と視界の果てまで続いている。そして白い大きな修道院が、島の岸壁にへばりつくように建っていた。それはまるで、岩から切り出した彫刻のようでもあった。
     強烈な風の中で、修道院は見事にこの島と海と空と一体化して見えた。
     海洋哺乳類がその海にどこまでいるのかはわからないが、でも、リュック・ベッソンがこの島を撮影に使おうと思った理由はわかるような気がした。ジャック・マイヨールという男の、どこか清らかで浮世離れしたイメージは、あの修道院と、切り立ったストイックな岸壁と、美しくも厳しさをたたえた海の色とマッチするような気がするのだ。
     そしてそこにはやはり、黒い浮かれた若者たちはいなかった。イェーイ、海だぜ~!的雰囲気は皆無で、そういった海ドライブの楽しげな風景もお預けな感じなのだった。そこはただ、クールに静かに、波打つ力強い海を眺め、海自体の格別の美しさを愛でる場所なのであった。

     しかしここまで書いてみて、おれはいったい海のドライブに何を求めているのだろうかと、ちょっとわからなくなってきてもいる。きれいな海を静かに眺めるドライブがあったっていいじゃないか……。
     あ、そうか。自分は単に、あのクロい人たちが羨ましいだけなのかもしれない。
     彼らを眺め、「なんだあいつら」とか言いながらも、おれもあっち側に行きたいなと思っているふしがないでもない。そして、彼らを見て、ああ、楽しそうだなあ、いいなあと思うから、運転してても気持ちが盛り上がってくるのではないのか、と。
     おいおい、それじゃこの海問題、単にアンタの趣味の問題じゃねーか……。そんな声が聞こえてきそうだ。いや、その通りなのだろう。アンタの趣味の問題な気がしてきた。
     要するにぼくは、海で浮かれ騒ぎたいのだ。「同じ阿呆なら……」ではないが、海に来たら、ただその周りをウロウロ走って箱の中から眺めているより、明らかに、半ケツでサーフボード持って歩いてる方が面白いはずではないか。そのためにも、やはり海に行くのは夏でなければならないのである。
     うおおー、もう何がなんだかわからなくなってきた。が、とにかく、海は、沖縄は、いま行くべしなのだ。

1

2

3

4

プロフィール:ライター 近藤 雄生(こんどうゆうき) 1976年、東京都生まれ。学4年生の時に旅したインド、バングラデシュでの経験を機にルポライターを志し、2003年6月、妻とともにオーストラリア・シドニーへと旅立つ。その後、世界各地で取材・執筆活動をしながら、5年の海外放浪生活を経て、2008年10月に帰国。現在、京都に在住しながら、紀行文やノンフィクションを中心に執筆する。著書に『中国でお尻を手術。』 『遊牧夫婦』(以上、ミシマ社)、『旅に出よう』(岩波ジュニア新書)。著書:『中国でお尻を手術。』 『遊牧夫婦』(以上、ミシマ社)『旅に出よう』(岩波ジュニア新書)

「遊牧夫婦」

BackNumber

ドラブっくchaya

2012年 第4号
ドライブ天国 沖縄

pagetop